「隻腕の戦士」あるいは アキレア

01

 夢の中で、過去の戦場がまざまざと蘇ることがある。今朝もそうだった。爆音が鼓膜を突き破り、世界が赤く染まった瞬間の感覚。仲間が地雷を踏むのを目にし、身体が反射的に動く。その身を突き飛ばそうと伸ばした右腕は、次の瞬間、無惨にも粉々に砕け散った。轟音と共に視界が爆ぜ、激痛が全身を襲う。土埃の中で見上げた空の青さが、異様に澄んでいたのを今でも覚えている。

 俺たちは隣国の戦争に巻き込まれた村人たちを保護するために派遣されていた。だが、そこに広がるのはただの地獄だった。絶え間ない爆発音と悲鳴が鼓膜を焼き、土と火薬、そして血の匂いが鼻腔を支配する。生き残るために必死なはずの仲間たちの目は、どこか虚ろで、死んでいるように見えた。俺たちは死者の群れだったのかもしれない。

 その村は主戦場の近くにあり、住民たちは恐怖に染まりきっていた。敵意がないといくら説明しても、彼らは武器を捨てようとはしない。武器を下ろして平和を示しても、恐怖に囚われた彼らには、俺たちが援助者だと信じさせることなど不可能だった。

そんな混沌の中、一人村の中心にそびえる教会のような建物に足を踏み入れた。そこには喧騒と暴力の波が届いておらず、異様な静寂だけが漂っていた。鐘楼のように高い天井、ひび割れたステンドグラス――その先には青い海が見える。薄暗い光が差し込む中、一人の少女がひざまずき、祈りを捧げていた。その姿は、この世の地獄から切り離されたかのようで、言葉を失い思わず息を飲んだのを覚えている。

 前線から撤退する俺たちを乗せたトラックの荷台には、戦場で息絶えた仲間たちの遺体が無造作に積み込まれていた。その中には、地雷から助けようとした彼も含まれていた。俺は彼の血に染まった顔を見つめながら、震える片手で何度も祈るしかなかった。

 目を覚ますと、研究所のいつもの白い天井が目に映った。身体を起こし、失われた右腕の感覚に再び慣れる。最初の頃はその喪失感に押し潰されそうになり、ベッドから起き上がるのにも苦労していた。だが、今ではもう慣れてしまった。人間とは案外、順応する生き物らしい。

あれから俺は軍を退き、この研究所で新たな日々を過ごしている。前線で命を削りながら戦う日々とは打って変わり、今の俺の役割は保護した人々のサポートと、研究のための勉強を進めること。正直、隻腕で大して賢くもない俺がここに留め置かれる理由がわからなかった。だが、上層部は「前線での経験を研究に役立ててほしい」と言うのだ。それが真意なのか、ただの慰めなのか、未だによく分からない。

 図書館からの帰り道、アザミナと出会った。彼女は高貴な家系の出身らしく、仕草も言葉遣いも常に洗練されている。以前、図書館でたまたま会った時には、専門知識を熱心に解説してくれたかと思えば、その後延々と仕事の愚痴を聞かされた。彼女は今、精神科医として多くの人々を診療する役目を担っているらしい。

「お疲れ、アザミナさん。例の患者か?」
声を掛けると、彼女は疲れた表情で微笑んだ。
「ええ、そう。…ただ、ちょっと容体がね」
と呟いた後、「あ、」と何か思い出したように顔を上げた。

「そういえば、来年の配属先の話、もう聞いた?」

「いや、聞いてないな」
と答えると、彼女は意外そうな顔をしてから微笑む。
「私はね、『特別研究室』だったの。それで、同じ配属の人を調べたら…あなたの名前があったわ」
その言葉に俺は息を呑んだ。

「特別研究室」とは何なのか。名前くらいは聞いたことがあるが、その具体的な役割については謎に包まれている。特別と名の付くくらいだから、何か特別なことをしているのだろうが……そのことを質問しようとした時には、彼女は軽やかに去っていった。その後ろ姿を見送りながら、茫然と立ち尽くす。

手元の専門書に目を落とす。まだ何も分からないが、これまでの経験と知識が無駄になるとは思いたくない。今は精進するしかないと自分に言い聞かせるのだった。

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