「百花繚乱」- 01

 部屋に通され、丁寧に感謝の言葉を伝えると、私は部屋の中をゆっくりと見渡した。広くはないが、必要最低限の家具が置かれている。その一つ一つに、どこか使い込まれた感じが漂っている。ベッドにはうっすらと埃が積もっていて、長い間誰もこの部屋を使っていなかったことが窺える。まるで、ここに住んでいた誰かの存在だけが取り残されたかのような、そんな寂しさが感じられた。

 机の上に目を移すと、埃まみれの本や書類の奥に、小さな写真立てが目に入った。それを手に取り、そっと埃を払いのける。中には、あの青年が幼い頃の写真が収まっていた。目にした瞬間、心の奥に何かが強く引っかかった。懐かしさと同時に何とも言い難い感情が胸に込み上げてくる。写真立てを持つ手に自然と力がこもり、しばらくの間、私は動けずにいた。

 その時、控えめなノックの音がドア越しに響く。反射的に振り返ると、扉がゆっくりと開き、廊下の向こうから差し込む夕陽の光が、部屋の中を柔らかく照らし始めた。青年が顔を覗かせ、私に夕食に何を食べたいかを尋ねてきた。私は手にした写真立てを静かに戻しながら言う。
「そうだな…では、君の得意料理を頼むよ。」

 夕食を終え、私は部屋へ戻った。夕暮れが過ぎ、部屋の中は少しひんやりとした空気に包まれていた。ベッドに腰を下ろし、窓の外を見上げる。澄んだ空に、無数の星が輝いていた。あまりにも静かな夜空に、胸の奥が締めつけられるような切なさを覚える。何も考えずに、私は星々に向かって手を伸ばした。その手が遠く儚い彼方の光に届くはずもなく、虚空を掴むように握りしめるだけだった。

 彼を救いたい、と私は思う。ずっとそう願ってきた。あの日、私が死んだ瞬間を、いまだに鮮明に覚えている。身体が強く打ちつけられ、骨が砕けていく音、皮膚が裂け、全身が痛みに包まれた瞬間。あの感覚は昨日のことのように思い出される。冷たい地面の感触、心臓が止まる瞬間の静けさ――すべてが鮮明だ。だが、それよりも深く後悔しているのは、あの場面を彼に見られてしまったことだ。私はあの瞬間、ただ静かに消えるはずだった。彼に気付かれなければ、それでよかったのに。

 それから私は、ずっと遠くから彼のことを見守っていた。最初は気づかれないようにしていたが、時折、彼が正気を失いかける姿を目にして、胸が締めつけられる思いがした。私の死が、彼を苦しめているのだろうか。彼が不安に押しつぶされるように苦悩している様子を見るたび、私は自分の浅はかな行動が彼に何をもたらしたのかを考えずにはいられない。あの日、もし私がいなければ、彼はもっと平穏に生きていたのだろうか。彼を救いたいという思いが、逆に彼を追い詰めているのかもしれない。

 ベッドに横たわると、天井をじっと見つめながら思いが巡る。もし、私が彼の人生に干渉しなければ、彼はあの出来事を綺麗さっぱり忘れることができるのではないか。そうすれば、彼は正気を保ち、平穏に暮らしていけただろう。それが最善の道なのかもしれない。それでも私は、わがままな願いを持ってしまう。彼に忘れてほしくない、と。あの無邪気で幸せだった日々を、私の存在を、忘れないでいてほしい。それと同時に、私は彼に伝えたい言葉がある。「君は悪くない」と。私の死に対して、彼が罪悪感を抱く必要など全くないのだ。だが、それを伝えることが、彼のためになるのかどうか…答えは出ないまま、頭の中で相反する思いが巡り続ける。

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