あれからずっと、私は過去の自分に何が起こったのか、そして今、何の病に侵されているのかを考え続けていた。しかし、どれだけ思考を巡らせても答えには辿り着けない。まるで泥沼の中で探し物をしているような感覚に陥る。探すのを諦めようと少しでもその沼から抜け出そうとすればするほど、何かが私の足を絡めとり、再び泥沼へと引きずり込んでくるようだ。思い出せないことによる焦りと、説明のつかない不安が心を締めつけていた。
「私の顔、何かついてます?」
という声で我に返る。目の前にいるのは医師だ。どうやら診察の最中だったらしい。いつの間にか、私はぼんやりと彼女を見つめてしまっていたようだ。慌てて状況を説明しようとすると、医師は落ち着いた声で言う。
「あなた寝不足でしょう。ちゃんと寝た方がいいですよ。」
医師の言葉は優しさを含んでいるが、どこか機械的で、冷たい響きもある。気付けば、いつもの薬がすでに手元に置かれており、それが私の現状を無言で告げているようだった。彼女は変わらず自然な笑顔で「お大事に」と挨拶をし、軽くお辞儀をしてから車に乗り込んで去っていった。
さて仕事に戻ろう、とカウンターに向き直ると、少女が私の背後に音もなく立っていた。その姿に思わず驚きの声が漏れそうになったが、彼女は動きもせず押し黙っている。よく見ると少し怪訝そうな表情を浮かべているが、その視線は私に向けられているわけではない。彼女は去っていく医師の車をじっと見つめているようだった。なぜ彼女がそんな表情をしているのか、私には理解できなかったが、深く考えることなく黙ってカウンター裏へと戻ることにした。ただ、その日常に埋もれた違和感は、確かに心のどこかに小さく引っかかり始めていた。
ꕤ
夕食の時間、私は少女と向かい合ってテーブルを囲む。窓の外、秋の夕暮れが赤黒く染まり、季節の移ろいをさらに強く感じさせる。少女は白いワンピースを着たまま、スパゲティを美味しそうに食べている。フォークに巻きつけた麺を口に運ぶたび、その表情は無邪気で満足そうだ。その姿を見ながら、冬が近づくこの時期に、そろそろ新しい服を買ってあげた方がいいだろうか、などとぼんやりと考える。彼女が寒さを感じないわけではないだろうが、ずっとその薄いワンピースのままでいることが気になった。
ふと、私の中に遠い記憶が蘇る。幼い頃、一緒に遊んでいたあの少女も、確かいつも白いワンピースを着ていた気がする。寒い日には上に薄い布を羽織っていたこともあったが、それでも基本的にはいつも同じ白いワンピース姿だった。お気に入りの服だったのか、それとも他に着るものがなかったのか。そんな疑問を彼女に投げかけたことがあった。その時彼女がどう答えたのかは覚えていない。だが、彼女が少し悲しそうな微笑みを浮かべていたことだけは微かに覚えている。
そんな思い出に浸りながら、私はふと窓の外を見ようと目を向ける。だが、ガラスに映る私の顔が、まるで霧がかかったかのように朧げにぼやけているのに気づいた。一瞬、自分の目がおかしくなったのかと思い、慌てて目を擦る。もう一度窓に目を向けると、今度はいつもの…驚いた表情の、私の顔が映し出されていた。一先ず安心はしたものの胸の鼓動は未だに激しく、妙な違和感が心に残ったままだった。
その動揺が顔に出ていたのだろうか、少女がこちらをじっと見つめていることに気づく。だが彼女は何も言わず再び俯き、静かにコーヒーを啜るのだった。
←前へ ꕤ 次へ→