05
夜更け、私はベッドに横たわりながら天井を見上げていた。穏やかな月の光がカーテンの隙間から差し込み、部屋を淡く照らしている。それなのに、心の奥底にはじわりと不安が広がっていた。いつ彼に謝るべきなのだろうか。あの日のことを。あの時の私の行動が、彼の人生をこんなにも狂わせてしまったことを。
機会なら、幾らでもある。だが、彼の今の状態で謝罪の言葉を口にしたところで、果たして彼はそれを受け止められるのだろうか。仮に受け止めてもらえたとしても、その言葉が彼をさらに追い詰め、壊してしまうのではないか。そんな考えが頭を巡り、私の心は出口のない迷路に迷い込む。
眠ろうとしても、やけに目が冴えて眠れない。ベッドの上で何度も体勢を変えてみるが、どうにも落ち着くことができなかった。ふと部屋をぐるりと見渡し、彼の痕跡が残るこの部屋を真面目に調べたことがなかったことに気付く。私はそっと身体を起こし、月明かりを頼りに室内を見回した。
卓上には本や紙、そして数年前の薬の殻が乱雑に放置されている。埃を払う程度の手入れはしていたのだろうが、決して綺麗とは言えない状態だ。本を手に取ってみると、図鑑、小説、料理の本などがあり、何度か開かれた形跡がある。一方で、購入時の包みをそのままに放置されている本もあった。それらは精神病を克服した人々のエッセイや、克服のための指南書だった。それらは机の下の紙袋の中にきちんと並べられている。彼が買ったものではないだろう……おそらく、彼の両親が彼に買い与えたものだ。かつて彼は、両親の教育の厳しさに愚痴をこぼしていたことがあった。彼の視界に入ることすら拒まれたこれらの本は、彼にとって救いにはならなかったのだろう。
紙の束には薬の領収書や、薬の効果について書かれた説明書があった。その値段は決して安いものではない。薬の説明を読んでいると、副作用に「強い眠気」と書かれているのが目に留まった。しかし、今の彼の様子を見る限り、とてもまともに眠れているとは思えない。薬の副作用に抗っているのか、あるいは薬のお陰であの姿勢でも眠れているのか。もしくは、これらは全て私の杞憂で、今の薬には眠気を誘発する効果はないのかもしれない。考えれば考えるほど、私は彼のことを何も知らないのだと痛感するばかりだった。
ふと、初めてこの部屋を訪れたときに見た埃を被った写真立てを手に取る。写真はすっかり色褪せていたが、そこに写る彼の表情が曇っているのははっきりとわかった。私が生きていた頃の彼は、時折愚痴をこぼすことはあっても、いつも笑顔で明るい少年だった。その彼が、今はこんなにも疲れた目をしている。……私のせいだ。胸の奥が締めつけられるような痛みを感じながら、私はそっと目を閉じ、写真立てを元の場所に戻した。
少しだけ彼の姿を見ようと思い、私はキッチンへと足を運んだ。扉を静かに開き、中を覗き込むと、彼がちょうどランタンの光を消すところだった。炎が小さく揺れ、やがて消える。彼を起こさぬよう、私はそっと足音を忍ばせて歩いた。けれど、途中でふと立ち止まる。それ以上進むべきではない気がした。それ以上近づけば、彼を起こしてしまうかもしれない。
「…おやすみなさい」
そう、静かに呟く。彼は眠っているのか、あるいは目を閉じているだけなのか、返事はなかった。静かな冷たい空気と、窓から差し込む月光だけが室内に満ちていた。
ꕤ