あの子の黙示録

 じわり、じわりと身体の奥から血が滲み出す感覚。痛みは鋭く、それでいて鈍く重い。視界はぼやけ、遠くは霞み、輪郭を失った世界がただ赤く滲んでいる。茫然と見上げた空には、哀しみを呑み込むかのような夕暮れが広がり、その中で烏たちがガァガァと不気味な声を響かせる。まるで嘲笑のように聞こえ、私の惨めな姿を見透かしているようだった。身体は痛みに震え、血が土に染み込む音すら聞こえる気がした。でも、もう全てが終わりだ。そう思いながら、そっと目を閉じる。

 けれど、静寂の中で浮かび上がってきたのは、後悔だった。彼に、こんな醜い姿を見せてしまったこと。これまで彼が私にしてくれた数々の優しさに、何一つ感謝を伝えられなかったこと。彼が毎日、2人分の食事を持ってきてくれたのは、決して楽なことではなかったはずだ。それを彼の優しさに甘え、当然のように受け取っていた自分が情けなくて仕方がなかった。「ありがとう」以上に、何かもう一言でも言えたら、どれほど彼の心を温められただろうか――その思いが、胸を締め付ける。

 それと同時に、別の感情が私を苛んだ。なぜ私はあんなにも酷い仕打ちを受けなければならなかったのか。彼もまたそうだ。なぜあの地獄のような環境に追いやられなければならなかったのか。大人たちの都合で、私たちは何度も何度も踏みにじられた。希望を奪われ、尊厳を踏みつけられ、ただ道具のように扱われる。その理不尽さが胸を焼き、踏みにじられた自我が憎悪となって再び目を覚ます。奴らが憎い。この世界が憎い。私たちの人生を勝手に操り、何事もなかったかのように生きる人間たちが許せない。

 やがて、赤く染まった空が次第に暗闇へと変わっていく。冷たい風が荒れ狂い、周囲には重苦しい静けさが漂う。その中で、私は気が付けば、ぼろぼろの身体を引きずりながら立ち上がっていた。四肢は歪み、歩くのも難しいほどに痛みが全身を襲う。それでも、燃え盛る憎悪と、どうしても伝えたい謝罪の想いが、私を突き動かしていた。

「ごめんなさい」と、彼に伝えたい。あなたは悪くないと告げたい。あなただけが、私に光をくれたのだと。私がどんなに醜くても、どんなに汚れていても、彼だけは違った。だから、せめて最後にその感謝を伝えたい。そうでなければ、このまま終わることなどできない。

 ふらふらとした足取りで街へと歩み出す。その道中、周囲には濃密な黒い霧が渦巻いていた。それは冷たく、まるで私を祝福するかのように寄り添ってくる。だが、その霧は私が既に人間ではないことの証でもあった。心も身体も壊れ、もはや生者としての温もりは失われている。それでも、私は歩き続ける。

 街の灯りが遠くにぼんやりと見え始める。そこには、私を弄び、傷つけた者たちがいる。彼らの笑い声や、冷酷な目が、記憶の中で鮮明に蘇る。そのたびに胸の奥から湧き上がる怒りと憎しみが、私の身体を支配していく。

――彼らを殺してやろう。

その瞬間、私の周囲の霧はさらに濃くなり、闇が形を持ち始めた。私の足元を這い回り、私自身と一体化するように絡みついていく。その姿は、もはや人間のそれではない。けれど、そんなことはどうでもよかった。私には、やるべきことがあるのだから。

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