その日の空は、雲一つない見事な快晴だった。店内の照明を落としているせいか、いつものようにやや薄暗く感じる喫茶店の中にいると、外の輝かしい光と対照的すぎて、妙に気分が沈んでしまう。きっと今日も客など来なかろう、とため息を吐き、私は窓の外をぼんやりと眺める。せめて気分転換に外の空気でも吸おうか。そう思い立ち、私はカウンターを離れて店の裏手へと向かう。
裏口を開けると、眩しいほどの陽光が目に飛び込んできた。しばらく虚空を見つめていたが、ふと視界の隅に何かが動くのを感じた。何だろう、と目を凝らすと、そこには白いワンピースを着た幼い少女が立っていた。彼女もこちらに気付いたようで、にっこりと微笑んでいる。どうしてこんな場所に、こんな小さな子がいるのだろうか。
「お前は誰だ?」
と、私は半ば無意識に声をかけた。
少女はゆっくりと口を開き、不思議な微笑を浮かべたままこう答えた。
「私のことは…そうだな、“百花繚乱”とでも呼んでくれたまえよ。」
その言葉を聞きながら、私は思わず息を呑んだ。青空を背に、風にそよぐ白いワンピースをまとったその姿は、まるでこの世のものではないかのように幻想的で、私はただただ見惚れるしかなかった。それが、彼女との最初の出会いだった。
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私は少女を店に招き入れ、カウンターの席へと案内した。外の光が眩しかった分、店内はひんやりとして、少し薄暗い。少女は静かに腰掛け、どこか落ち着いた様子で私を見つめている。その姿はまるでずっとここにいたかのように自然で、不思議と違和感がなかった。私はカウンターの内側に立ち、軽く手を拭いながら声をかけた。
「何か注文はあるか?」
少女は一瞬考える素振りを見せた後、にっこりと微笑んで答えた。
「では、コーヒーを一杯、お願いできるかな。」
コーヒー豆を挽きながら少女がどこから来たのかを尋ねてみる。彼女は焦る様子もなく、ゆっくりと答えた。
「旅人さ。行くべき場所にはもう着いたところだよ。」
その言葉に、私は少し驚いた。こんな小さな子が、一人で旅をしているというのか? 旅の目的地にもう着いたというのなら、なぜここにいるのか。さらに疑問が湧いてきて、もう少し突っ込んで聞いてみた。
「ならどうしてここに?旅が終わったなら帰ればいいじゃないか。」
しかし、少女は少し肩をすくめて、まるで戯けるように答えた。
「なあに、神のお導きというやつだよ。」
その曖昧な答えに、私はそれ以上深く聞けず、ただ黙ってコーヒーを作り続けた。
コーヒーが出来上がり、カウンター越しに少女に差し出すと、彼女は静かにカップを手に取り、一口含んだ。微かに揺れる水面を見つめながら、少女はぽつりと呟いた。
「…昔はね、苦くてあまり好きじゃなかったんだ。けれどコーヒーを飲めるのは大人の証だ、と言われてね。飲めるようになるまで頑張ったものだよ。」
その声には、どこか遠く懐かしい響きがあった。私はその言葉を聞きながら、幼なじみの少女をふと思い出した。彼女は早く大人になりたいと毎日のように嘆いていたな、と。今目の前にいるこの少女と重なって見える彼女に、胸の奥で淡い感傷が広がった。
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